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ジャンルに関わらず、オーラソーマの理解や使用に役立った本やおすすめの本などに関してなんでもコメントくださいね。
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メルマガにニューアースについて書いていましたが、今はブログの「読書案内」の方に連載しています。
http://ameblo.jp/aurasoma-unity/theme-10017723052.html

「ニューアース」その4です。

エックハルトの「ニューアース」とオーラソーマ。

「意識の鍵」であるオーラソーマを読み解くヒントとして、シリーズでお送りしています。

オーラソーマ・システムは、本来のあなた自身の「意識」に至る鍵であり、この「ニューアース」の本の目的も、「意識を変化させること、つまり目覚めさせることだ」ということなので、オーラソーマ・システムの観点から、この本を読み解いていこうと思います。

そうすることで、「意識の鍵」としてのオーラソーマ・システムをより深く理解していただけるのではないかと思います。

この「意識の鍵」ということの理解は、オーラソーマ・システムを理解するための基礎だと、私は考えています。

さて、前回は「ニューアース」の第二章は、「エゴという間違った自己のメカニズム」についてでした。

真の自己に気づくには、あるがままに見ることによって、真の自己を幻の自己であるエゴという間違った自己のメカニズムに気づくことが大切だ、ということでした。

つまり、まずは幻を幻として認識することによって幻は消え、真の自己である「大いなる存在」の感覚「私は在る」という意識が自覚されるようになります。

エゴのメカニズム、というのは「形と同一化する」ということでした。自分自身のよりどころをなんらかの形に求めることによって、本来の「大いなる存在」としての自分自身を見失ってしまうのでした。

「形」というのは外部の形あるもの、物質としてのモノや肉体だけではなく、より微妙なエネルギーの形である思考、頭の中の声、さらに感情といったものも含まれます。

しかし、自分がそれらの形と同一化していることに気づいた瞬間、自分はその同一化から抜け出すことになります。つまり「自分が考えていることに気づいたとき、気づいている意識はその思考の一部ではない。別の次元の意識だ」というこことになります。

自分が夢を見ているということに気づけば、その夢から目覚めることができるのです。

また、身体に同一化しているときには「内なる身体」に気づくことによってその同一化から自由になることができます。なぜなら内側から感じられる生命感というのは、形を超えた生き生きとしてエネルギー場だからです。それはしばらく目をつむって、自分の両手の中に生命エネルギー、ないし生命感を感じられるかどうかをためしてみるとよいとエックハルトは書いています。

オーラソーマでは、そのコンサルテーションでは、自分でボトルを4本選ぶことによって、それらのボトルを自分の魂の鏡、として見ていきます。自分の選んだボトルは、自分の身体の状況、思考や感情を色のエネルギーとして、それらを映し出すのです。つまり、それらの「形」についての気づきをもたらすシステムともいえそうです。

イクイリブリアム、ポマンダー、クイントエッセンスの繊細なエネルギーを感じることは、また同時にそれは「内なる身体」に気づくことにもなり、自分をエゴのシステムとしてではなく、生命エネルギーとして認識していくことの助けにもなっていきます。

このように見ていくと、オーラソーマはまさに意識の鍵として、意識の変化、目覚めのシステムだということがよくわかりますね。


尚 記

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エックハルトの「ニューアース」とオーラソーマ。

「意識の鍵」であるオーラソーマを読み解くヒントとして、シリーズでお送りしています。

オーラソーマ・システムは、本来のあなた自身の「意識」に至る鍵であり、このエックハルトの「ニューアース」の本の目的も、「意識を変化させること、つまり目覚めさせることだ」ということなので、オーラソーマ・システムの観点から、この本を読み解いていこうと思います。

そうすることで、「意識の鍵」としてのオーラソーマをより深く理解していただけるのではないかと思います。

この「意識の鍵」ということの理解は、オーラソーマを理解するための鍵だと、私は考えています。

お話をはじめる前に、このエックハルトの本を読んで悟りの一瞥を得たという話を、コメディアンであり映画俳優でもあるジムケリーが話しているのがユーチューブにアップされていました。

http://www.youtube.com/watch?v=lsQJyKhmqkQ&feature=player_embedded

ジムケリーが話すんだから、最後にオチがあるんだろうと思って聞いていたら、ちゃんとしたまじめな話でした。

英語ですが、もしよかったら聞いてみてください。
とてもユーモアがあってわかりやすい話です。さすが役者です。

そこで彼が語っているのは、ある朝目覚めたとき、自分が、自分の悩みや身体よりも大きなもので、自分はすべてであり、宇宙とひとつになり、全くの自由を得たという体験をしたというのです。それがアメイジングな体験だった、と。

このエックハルトの本を読んでジムケリーのように悟りの一瞥を得ることもあるんだ、ということなんですね。

エックハルト自身が語っている映像もあります。
http://www.youtube.com/watch?v=rdgO4UDrwm8&feature=channel

さて、前回は「ニューアース」の第二章のなかの、エゴのメカニズムというのは形と同一化するんだ、ということについてお話ししました。

エゴというのは形と結びつくことによって自分のアイデンティティを強化したいという無意識の衝動があるんですね。

エゴが生まれる最も基本的な精神構造のひとつがこのアイデンティフィケーション、同一化する、ということらしいのです。

でも本当の自己はモノではないので、何に同一化してもそれは自分ではありません。何を所有することによってもそれは本当の自分ではないのです。家や車、地位や権力や名誉、知識。それらを多く持つことで、何か自分が偉くなった気がするかもしれませんが、それは大きな勘違いなんですね。ですからそうすることでは自分を発見することはできません。

でもエゴはもっと持てば自分がもっと偉くなる気がするので、もっともっとという欲望が芽生えてきます。その欲望にはどこまでいってもキリがありません。

そのようにして、欲望がエゴをいつまでも存続させてしまう、という構造になっているようです。

でもそれらの欲望の奥に在るエネルギーは同じく強烈な反対方向のエネルギーを生み出し、結局は当人たちの破滅につながることになります。スターリンやヒトラーはそのいい例だ、というふうにエックハルトは言っています。

このエゴの貪欲さが今では地球の環境を破壊し、世界の経済構造を歪め、破綻させ、なりふり構わず営利を追求する企業の活動になったりもしています。

このエゴの特徴であるもっと欲しいという心理的な欲求、自分はまだ十分ではない、という思いが肉体的レベルに移行すると飽くなき飢えとなって感じられます。それが極端になると、吐いてでも食べつづけるという過食症のようになります。

そこでは飢えているのは心であって、身体ではないのです。ですから、エックハルトは、患者が自分を心に同一化するのをやめて身体の感覚を取り戻し、エゴイスティックな心を駆り立てる偽りの欲求ではなく、身体の本当の要求を感じることになったときに、摂食障害は治癒する、と言っています。

ここで問題になっているのは、「自分は十分ではない」「自分は完全ではない」「自分はそのままでは愛されないんだ」という思いです。

オーラソーマでは教えています、あなたはあるがままでいいのです。あるがままの自分自身を無条件に愛しましょう。あるがままのあなたは、そのままで宇宙の愛によって愛されています。なぜならあなたは宇宙の愛から生まれたのだから、と。

イクイリブリアムをはじめとするオーラソーマのプロダクトはあるがままの自分自身を抱きしめ、愛するための道具なのです。

すでにそこにある真の自分自身を抱きしめ、愛することをしていきましょう。

あなたはすでに真の自己を内側に持っているのですから。

尚 記

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今回は「シャドウ・エフェクト」について紹介します。

オーラソーマを使用していると、ときどき好転反応のような現象に直面するこ
とがあると言われていたりします。よくあるのは、今まで気づかなかった自分
の側面に気づいたり、自分の見たくない側面を見ることになったり、というこ
とです。

オーラソーマは意識の光をもたらすことであり、エネルギー的にはバランスを
回復することで、元気をもたらし(オーラを活性化する)、自分を愛する(魂
をケアーする)ものなのに、一時的にしろ、ちょっと辛いようなことが起こっ
たりするのはどうして? と思うことがあるかもしれませんね。

でも、それがどういう原理でそういうことが起こるのか、ということがわかっ
ていれば、安心して対処することができます。

そのことを理解するのにうってつけの本が、この「シャドウ・エフェクト」デ
ィーパック・チョプラ、デビー・フォード、マリアン・ウィリアムソン著 
VOICE 発行 の本です。
http://amazon.co.jp/o/ASIN/4899762704/oshoartunity-22/ref=nosim

サブタイトルは
「シャドウには、人生を一変させるギフトが詰まっている」

まさにチャレンジからギフトへ、という2番目のボトルのプロセスでもありま
すね。

最近のオーラソーマの傾向としては、ギフトに着目することに比重を置いてい
ます。それは自分のギフトや強みと充分につながっていないとチャレンジの側
面にも対応しにくい、という現実的な配慮もあります。

しかし、現実の人生にはチャレンジは避けては通ることはできない局面があり、その
ときにチャレンジをチャンスと考えられるのか、それともくじけて落ち込んで
しまうのかは、その人の人生の方向を決めるほどに大切なことです。

そういうときに自分の位置がわかって、向かうべき方向性、ヴィジョンが明ら
かになっていれば、くじけずに立ち向かっていくことができます。

「誰もがシャドウ(心の闇)を持っている。シャドウを否定すると、シャドウ
に人生を奪われる。しかし、その存在を認め、光を当てた瞬間、人生を一変さ
せる恩恵と変容がもたらされる」ということをこの本では語っています。

誰もが幸せになりたい、理想の人生を送りたいと思っています。
でも現実にはそうならないで、辛い思いをしてしまう。
自分は良くなろうとしているのに、なぜかいつも逆のことをしてしまう。
こうすればいいとわかっているのに、できない自分。人間関係がうまくいかな
くなったり、怒りや嫉妬に我を忘れてしまう。

それは、私たちが拒否や無視し、人からも見えないようにしている自らの暗い
部分「シャドウ(陰の部分)」の影響のせいにほかならないのです。

でも実は、意外なことに、このシャドウこそが、私たちの本来の力強さ、幸福
感、自らの夢を実現するための暴力を解き放つ鍵となる、というのです。

ちょうど太陽の下でいつも影がついてくるように、私たちはどんな努力しても
その影からは逃れられません。

しかも、その自分の闇の部分を拒んだり、抑えつけようとすると、さらに痛み、
苦しみ、後悔、あきらめを感じることになってしまいます。

その影の部分に主導権を握られ「シャドウ・エフェクト」(影の影響)に乗っ
取られることになってしまいます。
その影の部分が私たちの選択を左右しはじめるのです。

そうなると、自分が何を食べるか、どの程度お金を使うか、何に熱中するかと
いうことさえシャドウが決めてしまいます。
シャドウは私たちに予想外の言動をとらせたり、悪癖や無駄な繰り返し行為に
没頭したりするように仕向けます。
そのようにして本当の自分の人生を歩むことを阻もうとするのです。

しかし、「そのシャドウ(影)と向き合えば、怖れていることと正反対のこと
が起きる。その中身と向き合えば、人生を急激に、そして前向きに変えてくれ
るパワーを見つけられる」のです。

では、どのようにそのシャドウに向き合い、どのようにすればそのパワーを見
つけることができるのでしょうか?

詳しくはこの本を読んでいただきたいと思いますが、少しだけヒントを書いて
おきたいと思います。

まず、シャドウに対処するには、まずそのパワーを認める必要があります。
シャドウをより深く理解する必要があります。

シャドウがいかにして生み出されるのか、その根本的な現実を理解することで、
それに対処する鍵を得るのです。

そして、その鍵とは「意識」なのです。
より高次の意識こそ、人間の影の部分に対処する解決法となるのです。

オーラソーマのボトルに記載してある「イクイリブリアムは意識の鍵です」と
いうのは、まさにここにその影を克服するヒントがあることになります。

では、シャドウはどこから生まれてくるのでしょうか?

「私たちの中にある「分離したい」という衝動が、光と影という対比(そして
戦い)を生み出しています。

そして分離衝動がこれ以上ないほど高まったときに、怒り、怖れ、妬み、敵意
という形でシャドウが現れるのです。

人間の魂が神と悪魔、神聖さと汚れ、聖人らしさと罪人らしさを同時に感じら
れるのはこのためです」

「私たちの人生も、ある一方の極から他方の極に電流が送られないかぎり、
“電力”が発生することはありません。

ひとたびこれを理解すれば、自分にシャドウがあるのはごく普通だと気づくこ
とができるでしょう。

シャドウは分離を促す衝動です。
でもその衝動があるおかげで、統一、調和、一致を求める衝動も生み出されて
いくのです。
誰もが皆、影の部分を作り出さずにはいられません。

そうすることで、私たちは人間としての自我(よい部分も悪い部分もある、お
なじみの”私”)を与えられるからです」

つまり、シャドウが生まれるのは、統一された大いなる意識から「私」を識別
したときなのですね。

いわゆる悪魔とされてきているのは、影の部分、暗い部分なのです。

「ただし、この部分はもとは神聖なものとして生まれています。
事実、“悪魔”(devil)という言葉は「気分がすぐれない神(the divine not
feeling well)」が語源だという解釈もあるくらいです。
この事実にショッキングな結論が隠されています。

もし光を掲げて自らの暗黒面を見つけなければ、あなたは神聖な部分を完全に
見ることができないのです。

しかし、ひとたび光を掲げて自らの影の部分を見つめれば、信じられないほど
劇的な結末を迎えられます。

光と影の戦いを演出していた要素がすべて消え去り、完全な統合に向けて一路
邁進できるようになるのです。

目に見えている宇宙、つまり外の世界を通じて、私たちは今までの人類の進化
の歴史を知ることになります。

一方、目に見えない領域、つまり内面の世界を通じて、私たちは魂を与えられ
ているのです。
このふたつの領域は切っても切り離せない関係です。

あなたが魂のレベルで変化を引き起こせば、外の世界(宇宙)においても必ず
変化が生み出されていきます。

それは外の世界(宇宙)が魂を映し出す“鏡”であるからです」

「オーラソーマは魂の鏡です」

・・・というオーラソーマの創始者ヴィッキーさんの言葉がありますが、自分
自身に意識の光を当てることで、そこには光も影も映し出されます。
しかしそうすることで、その光源である意識の光そのもの、大いなる意識であ
ることに気づくとき、そこには二元性を越えて、影と光を越えた大いなる意識
へと統合されていくのです。

それが、オーラソーマのプロセスでもあるのです。

ですから、そこに影が映し出されたとしても、それも自分の神聖なるものの一
部なのですから、それをもあるがままに受け入れていくことができればよいの
です。

そうすることでその影の側面も自然と神聖なるものに戻っていくでしょう。

                                尚 記

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「意識の鍵」であるオーラソーマを読み解くヒントとして、シリーズでお送りしています。

オーラソーマで「ニューアース」(エックハルト・トール著)を読み解く。

あるいは「ニューアース」でオーラソーマを読み解く、とも言えるかもしれませんが、「意識の鍵」を手にするヒントとしていただければと思います。

今回は第8回目。第5章「ペインボディ ーー私たちが引きずる過去の古い痛み」についてです。

これまでの章でエックハルト・トールはエゴとは何かということについて解説してきています。

「エゴという間違った自己のメカニズム」(2章)、「エゴを乗り越えるために理解すべきこと」(3章)、「エゴはさまざまな顔でいつの間にか私たちのそばにいる」(4章)。

そして第5章はペインボディについてです。

なぜエクハルトがこれまでエゴについてこのように詳しく述べているかというと、エゴが私たちを不幸にしている原因だからです。

私たちが安らかな気持ちでいられない、自分らしくいられないのはどうしてか? 

それはエゴが作り出した物語に私たちが巻き込まれているからで、それらのエゴを抜け出せば、幸せはそこにあるのだ、と彼はいいます。

自分のエゴがこの地上に地獄を作り出していて、自分ではそれとは知らずに苦しみを作り出している。それが無意識な生き方であって、そのエゴに気づくことで、今ここにある幸せに気づくことができるのです。

生きる秘訣、すべての成功と幸福の秘訣は。次の言葉で要約できる、と彼はいいます。

「生命とひとつになること」。

「生命とひとつになることは、今というときとひとつになることだ。そのときあなたは、自分が命を生きているのではなく、生命があなたを生きているのだと気づく。生命が踊り手で、あなたが舞踊なのだ。」

さて、そこで今回のペインボディについてです。

このペインボディについてはラハシャの「ハートからのカウンセリングスキル」でも学ぶことです。

いかに自分自身の、そしてクライアントのペインボディを理解し、それに対処して、解消していくかということはカウンセリングにとっても大切な要素ですし、オーラソーマを学ぶ上でもこの理解は大きな助けになります。

このペインボディについて理解することで、不幸の原因、源がよくわかります。

なぜなら、このペインボディこそが不幸を作り出している源でもあるからです。しかも、そのペインボディの食べ物はまさにその不幸なので、自分のペインボディに無意識でいることは、不幸を求めて生きていることにもなってしまいます。

では、ペインボディとは何なのか?

ペインボディとは、ほとんどすべての人が持っている古くからの感情的な苦痛の集積、ネガティブな感情のエネルギー場のことをいいます。

ネガティブな感情というのは、身体に有害で、バランスのとれた安定した機能を邪魔する感情のことをいい、恐怖、不安、怒り、悪意、悲しみ、憎しみ、憎悪、嫉妬、羨望などのことです。それらは身体を流れるエネルギーをかく乱し、心臓や免疫システム、消化、ホルモン生成などを妨げます。そして、これらは当人だけではなく出会う人びとに伝染し、連鎖反応を通じて無数の人びとに影響します。

父親が会社でいやなことがあった日に、それを家に帰って妻に八つ当たりし、その妻である母親は子供にやつあたりし、子供はそばにいた猫を蹴飛ばす、というような連鎖です。

それらのネガティブな感情をひっくるめて「不幸」というのだと、エクハルトは定義しています。

それなら幸福になるにはポジティブな感情になればいいのではないかというので、ポジティブシンキング、というのが流行っていたりします。

しかし、エゴが生み出すポジティブな感情と、「大いなる存在」とつながった本来の状態から生じるもっと深い感情とは区別しなければならない、とエクハルトは警告しています。

つまり、エゴが生み出すポジティブな感情の中にはすでに反対物が含まれているので、エゴの期待通りにならないと、瞬時にその反対物に変化するからです。例えば、エゴが愛と呼ぶものには独占欲や依存的な執着が含まれているので、相手が期待通りにならないと、あっという間に愛は独占欲や依存となって姿を現し、そこからいろいろと面倒なことが起こります。

では、その不幸の原因となるペインボディを作らないようにするにはどうすればよいのでしょうか?

オーラソーマの解決策は後に書くとして、ここではまずエクハルトの解決策を説明します。

エクハルトによると、理論的なことをいえば、ネガティブな感情が湧いたときには、きちんと向き合ってその正体を確認し、その感情を解消して、後に痛みが残らないようにしておく、ということになります。

「理論的には」、というのは実際には非常に難しかったりします。とくに子供は(子供に限りませんが)ネガティブな感情があまりに強いとどうすることもできなくて、それを感じないようにする傾向があります。そして、その子供のころの防御メカニズムはそのまま成人後もひきずることになります。

そのようにきちんと向き合い、受け入れ、そして手放すという作業がなされなかったネガティブな感情は痛みとなり、その痛みが積み重なり、身体の全細胞で活動するエネルギー場になります。そこでペインボディが形成されるわけです。

このペインボディを形成するのは子供時代の痛みだけではなく、思春期や成人後のつらい感情も付加されていきます。その大半はエゴの声、マインドセットによって作りだされます。

しかも、このペインボディというのは単に個人の人生で形成されるだけではなく、非個人的な性格をも持ち合わせているというのだから、ペインボディというのは奥深いものがあります。

つまり、これまでの人類の歴史のなかで行われてきた部族闘争や奴隷制、略奪、強姦、その他の暴力にいろどられた人類の歴史を通じて、数え切れない人びとが体験してきた痛みもそこには含まれているというのです。

ですからある意味、この世に生まれる新生児はみな、すでに感情的なペインボディを持っている、ということになってしまいます。

ところがここで面白いのは、「どちらかといえば重いペインボディをもった人たちの方が、ペインボディが軽い人たちよりも霊的(スピリチュアル)な目覚めに達する可能性が大きい」とエクハルトは言っていることです。

つまり、そういうペインボディの重い人たちの多くは、自分の不幸にもう耐えられないという段階に達し、それが目覚めの強い動機になる、というのです。

「なぜ苦しむキリストが、苦悶に歪む顔と無数の傷口から地が吹き出ている身体が、人類の集団的な意識にとってかくも重要なイメージとなっているのか? (とくに中世に)おびただしい人びとがキリストのイメージに深く動かされたのは、自分自身の中に共鳴する何かがあったからで、彼らは無意識の中にキリストに自分自身の内なる現実ーーペインボディーーの表現を見ていたのだろう。(中略)
キリストは人間の原型であり、人間の苦痛と苦痛の超越の可能性を体現していることができる。」

まさに、オーラソーマのレッドが「目覚めのエネルギー」とされる理由がここにありますね。

それはともかく、ペインボディが怖いのはここからです。

それはペインボディには、地球に引力があるように、引き寄せの法則が働くのです。

つまり、ペインボディの食べ物は自分と同種のエネルギー、それと同じ周波数で振動しているエネルギーなのです。具体的には、感情的につらい体験はなんでもペインボディの食物なのです。

ペインボディはネガティブな思考や感情、人間関係の波乱やトラブルによって太っていきます。ペインボディは不幸依存症で、一度不幸に支配されると、あなたは不幸を終わらせたくないと思うばかりではなく、周りの人間も同じように惨めにして、それらの人たちのネガティブな感情的な反応をその食べ物にして吸収していくというのだから怖いですよね。

そして、そのペインボディ、ネガティブな感情や不幸を求める何者かは、あなたがそれに気づかないかぎり、すでに内側に住んでいるというのです。

そのことに気づかないとどういうことが起こるかというと、よく見られるのが酔っぱらいです。お酒を飲み過ぎて暴れる。それはペインボディに乗っ取られて性格が激変するからです。そして妻や子供に暴力をふるったりする。酔いが醒めて後悔して、二度と暴力を振るわないと誓うけれども、後悔してそう誓う本人と暴力をふるうペインボディとは別人格なので効果がありません。そのペインボディに気づかないかぎり、同じことが繰り返されます。

あるいはまた「恋に落ちた」とします。でも実はそれは補完的な相手のペインボディに引かれ合っただけかもしれないのです。ペインボディは賢くて、結婚の誓いをするまでは身を潜めています。でもエクハルト曰く、「あなたは夫や妻とだけ結婚するのではなく、相手のペインボディをーー相手もあなたのペインボディをーー含めて結婚する」というのです。

一緒に暮らし始めて、あるいは新婚旅行から戻ってまもなく、パートナーの人格が完全に変化したことに気づいたらショックですよね。そのときは二人だけではなく、そこには二人のペインボディも一緒に同居していると覚悟するしかないですね。

「配偶者、パートナーを通してペインボディがしゃべっている。彼女(彼)の語る現実はペインボディ版のそれで、その現実は恐怖と敵意と怒りと、もっと苦しめたい、あるいは苦しみたいという欲望に完全にゆがめられている」なんてホラー映画みたいです。

そんな怖い話がこの5章にはちりばめられてありますが、ペインボディの正体を知ることで、自分の不幸の正体も知ることができます。そうすると、そこにはまた希望の光も見えてくるものです。なぜなら、原因が分かればその対処も分かるからです。

そしてまた、そこでオーラソーマがそのペインボディ退治にも役にたつということもわかってくるでしょう。
その鍵は、ペインボディは「エネルギーの場」だという言葉にあります。

エクハルトが言っている解決法も、オーラソーマで言っていることも、ある意味同じなのです。

それはオーラソーマの根本原理でもある瞑想であり、気づきを高めることであり、今ここにあること、なのです。

それがオーラソーマの言う「意識の鍵」でもあります。

でも、オーラソーマはそんな難しいことを知らなくても役立つ補助ツールを用意してくれています。

イクイリブリアムボトル、そしてポマンダー、クイントエッセンスについてもいえることですが、それらは「オーラを活性化し、魂をケアする」エネルギーを含んでいるということです。

オーラソーマでは、感情的なショックにはオレンジをつけますね。これは感情的にバランスの崩れたエネルギーにバランスを取り戻します。感じなくなってしこりとなってしまっているエネルギーの場(ペインボディ)に正常なバランスを取り戻すことを助けてくれます。

ペインボディというのは、エネルギー的に見れば、ネガティブな感情がしこりとなっているエネルギーの場であり、そのエネルギーの場のバランスが崩れている状態だということができます。(このあたりの詳しい解説は「サトルボディヒーリング」をご参照ください。https://unityinstitute.jp/mail/order_book1.cgi

レッドのエネルギーのバランスが崩れた状態が怒りだとすると、バランスのとれたエネルギーが情熱であり、目覚めのエネルギーです。

怒りがあるということは、そこに情熱がある、ということでもあります。目覚めのチャンスでもあるのです。

チャクラセットはそれぞれのチャクラのエネルギーのバランスを取り戻してくれますし、自分の選んだ2番目のボトルは、往々にしてその人のペインボディに働きかけて、そのペインボディのエネルギーのバランスを取り戻してくれるように作用します、だからセラピウティックボトルとも呼ばれています。

自分のペインボディ、あるいはクライアントのペインボディがどのようなものなのか、そのエネルギーを読むことができれば、どのようにオーラソーマを使っていけばよいのか、ということもわかります。

エクハルトはこの章の最後に書いています。

「この地上での悪行の犯人はたった一人しかない。人類の無意識だ。そこに気づくことこそが真の許しである。ゆりしによって被害者というアイデンティティは消え、真の力が生まれる。「今に在る」という力だ。闇を非難するよりも、光をもたらすべきなのだ」。

オーラソーマはまさしくその意識の光をもたらすツールなのです。

尚 記
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オーラソーマは古代からの智恵の集積とも言われています。

ヴィッキーさんの言葉によると、「古いワインを新しい革袋に入れ
たようなもの」ということなのですが、それはオーラソーマという
新しい革袋(色の暗号)のなかに、古代からの智恵が含まれて
いる、ということなのでしょう。

オーラソーマのイクイリブリアムは「意識の鍵」です、といういい方
がありますが、古代の智恵とは、人間の意識の扉を開ける鍵でも
あるとも言えそうです。

先日あるメキシコのシャーマンの人の教えを聞く機会がありました。

彼はメキシコのヒーラーの家に生まれ、ヒーラーの母親とシャーマ
ンの祖父によって育てられ、彼はその家系の伝統、数世紀の歴史を
持つヒーリングの智恵を統合し、秘教トルテックの智恵を発展させ
るべく期待されたにもかかわらず、医学を志し、外科医になります。

しかし、運命には逆らえないもので、彼は自動車事故にあい、そこで
瀕死の重傷を負い、臨死体験をし、幽体離脱の体験をします。

その体験に衝撃を受け、自己探究に目覚め、古代の祖先の智恵を身
につけ、ヒーラーの母やシャーマンに師事し、研究を深め、今は自
らメキシコのオティワカン(シャーマン)としてワークショップや
講演を通してトルティックの秘教的智恵を人びとに授け、意識的進
化のために活動している人です。

その人の名前はドン・ミゲル・ルイス。

彼の書いた『四つの約束』という本はスピリチュアル書として有名な
「神との対話」を越えて、100万部を越えるベストセラーとなりました。
http://amazon.co.jp/o/ASIN/4795223718/oshoartunity-22/ref=nosim

この本を読むと、まさにオーラソーマと同じ世界観、「人間は光か
ら作られている」ということが書かれてあり、オーラソーマの理解
に役立つ古代の智恵のひとつだと思い、紹介したく思いました。

古代の智恵、人類の叡智、悟り得た人たちの智恵というのは
いつもそこには共通した叡智があります。

そして、悟りの体験のように、ある一つの体験がその人の人生を
永久に変えてしまったりするのです。

ある男の場合、その体験とは「私は光から作られている。私は星か
ら作られている」「本当の私たちは、純粋な愛であり、光なのだ」、
という体験でした。

「そして物質は鏡であること、全ては光を反射する鏡であり、その光
によってイメージを創り出すのを見た。すなわち、この幻影の世界、
「夢」は、ちょうど鏡を覆う煙のようなもので、私たちの本当の姿
を映すのを妨げているのである。」

この認識が、その男の人生を変えてしまったのです。

「いったん、本当の自分が何であるかを知ると、彼はまわりを見ま
わして、そこで見たものに驚嘆した。彼はあらゆるものに自分を見
た。あらゆる人間、樹木、水、雨、雲、大地の中に自分を見たので
ある。彼は「生命」はトナールとナワールの異なった組み合わせに
よって、生命そのものの何百万もの形を顕しているとわかったので
ある。

男は、自分が人びとの鏡である、ということがわかった。その鏡の
中に、男は自分の姿を見るのだ。「あらゆる人は、お互いの鏡であ
る」。彼は、全ての人々の中に自分自身を見た。けれども誰も彼の
ことを自分たち自身である、とは見ないのである。彼がわかったの
は、誰もが夢を見ている。しかし夢を見ていると気がついていない
ということだ。自分たちが本当は誰であるのか、知らないままに夢
を見ているのだ。人々が彼を見ることができないのは、鏡の周りに
霧や煙の壁を張りめぐらしているからだ。こうした霧の壁は、光の
イメージの解釈から成り立っている。これが人間の「夢」なのであ
る。」

このようにして、私たちは、昼も夜も、起きているときも、眠って
いるときも、今見たり聞いたりしていることも、すべて夢なのです。

では、その夢はどのように作られるのでしょうか?

それは「人間の飼い慣らし」のプロセスによってすべての信念シス
テムが形成され、それが夢を形成する、とミゲルはいいます。

「子供は、大人の言うことは何でも信じる。私たちは大人に合意す
る。そしてこの信念はとても強いので、この信念のシステムが、私
たちの人生のすべての夢を支配するのである。

私たちは、ママやパパが好むことをすると良い子と呼ばれ、望まな
いことをすると、悪い子と呼ばれる。規則に逆らうと、罰を受ける。
規則に従っていれば、ご褒美を受ける。

私たちは、他の人たちを喜ばせるため、他の人にとって良い子であ
るため、本当の自分以外のもののふりをする。

やがて私たちは、自分でないものになっていく。私たちは、ママの
信念、パパの信念、社会の信念、宗教の信念の複製になっていく。

私たちの本来の性質は、こうした飼い慣らしのプロセスのなかで、
失われる。

飼い慣らしのプロセスは、非常に強力なので、ある時点から、もは
や私たちを飼い慣らす人を必要としなくなる。私たちは、ママやパ
パ、学校や教会を必要としない。私たちは、非常に良く訓練されて
しまったので、もはや私たち自身で、自分を飼い慣らすようになっ
たのである。

私たちは、自動的に飼い慣らされた動物である。今や、私たちは、
与えられた信念システム、同じ褒美と罰のシステムに従って、自分
たちを飼い慣らすことができる。私たちは、信念システムによる規
則に従わないと、自分たち自身を罰する。そして「良い子」であっ
た場合、自分たち自身に褒美を与える。」

このようにして、信念システムは、私たちの心を支配する「法の書」
となり、私たちは、すべての判断をその「法の書」に基づいて行う
ようになります。

その判断が、私たちの本性に反していると思われる場合でも、飼い
慣らしのプロセスのなかで、私たちの心にプログラムされ、こうし
た合意が「法の書」にまとめられ、私たちの夢を支配しているので
す。

そして、私たちの中にはその「法の書」によって裁く「裁判官」が
いて、また同時に、その裁判によって裁かれる「犠牲者」がいて、
その責め、罪、恥を背負うのです。

もし私たちが、今の私たちの人生が、苦しみの中にあり、恐怖のな
かで生き、感情的なドラマを創り出し、悪夢の中にあるとすれば、
それはそのような夢を自分たちで創り出しているからなのです。

しかし、これらが「夢」であることのよいところは、それらの「夢」
から醒めることができるということです。また、その夢の構造に気
づけば、自分でよい「夢」を見ることもできるということなのです。

トルテックの教えでは、私たちの心は「ミトーテ」という霧だとい
います。私たちの心は霧であって、何千もの人が同時におしゃべり
して、しかもお互いに理解していないのが人間の心の状態です。

このミトーテのために、自分が本当はなんであるのか見えなくなっ
ています。インドでは、仏陀の教えでは、このミトーテのことを
「マーヤー」と言っています。それが幻影であって、「私は・・・
である」という個人的な幻想なのです。

そこで、本当の自分自身を見いだすにはどうすればいいのでしょう
か? あるがままの自分自身でいるためにはどうすればいいのでし
ょうか? 

それがオーラソーマでボトルを選ぶ理由でもあります。

本当の自分自身を見いだし、ありのままの自分を愛し、
本当に人生を楽しみ、幸福でいること。

もし、自分が不幸の中にあったり、いじめにあったり、虐待されて
いたりすれば、ただ虐待されることをやめればいいのです。

そんなことなんてできない、そんな簡単なことではない、と直ちに
思うでしょう。

不思議なことに、最も自分を虐待しているのは自分なのだとは、
思いもよらないのです。

「あなたの人生の中で、あなたほど、あなたをいじめたものはいな
い。あなたが自分をいじめる程度に、それにちょうど見合うだけ、
あなたは自分をいじめることを許す。もし誰かが、あなたが自分を
いじめる以上に、あなたをいじめれば、あなたはたぶん、その人か
ら離れていくだろう」

本当に自分を愛していれば、自分を虐待していなければ、断じて人
に虐待されることをゆるすわけはないのです。

ここでの一番の問題は、あまりにも自分の夢、信念システムの中に
はまり込んでいるがゆえに、私たちが自由でないことに気づいてい
ないことなのです。私たちが自分の悪夢を作っているということに
気づかないでいるのです。

ですから、最初のステップは、気づきなのです。

自分が自由ではないことの気づき。自分が夢の中にいることの気づ
き。その夢は変えられるんだという気づき。自分の内なる「裁判官」と
「犠牲者」によって自分の人生が支配されていることの気づき。

自由になるためには、自分が自由ではないことに気づく必要があり
ます。問題を解くには、問題がなんなのかに気づかなければなりま
せん。気づかなければ変化は起こせないのですから。

「苦しむ必要はなにもない。気づきがあれば、あなたは反撃し、も
うたくさんだ、と言うことができる。癒しの道を見つけ、自分の夢
を変容させることができる。苦しみは、リアルでさえない。この地
球の夢は、単なる夢なのである。自分の夢の中へ入り込み、自分の
信念に疑問を呈してみる。そうすると、あなたを傷ついた心にさせ
たほとんどの信念が、真実ではないことに気づくだろう。あなたは、
長い間、苦しんできたあなたの人生のドラマが、全く無であること
に気がつく。なぜだろうか。それは、あたなの心の中に据え付けら
れた信念のシステムが、嘘に基づいているからである。」

そこで、自分の人生を支配しているのが、自分たちの作りだした合
意であり、そして自分の人生の夢がイヤなものであると気がついた
時は、私たちはその合意を変えればよいのです。。

そこで、これまでの合意を打ち破り、自分と結ぶ新しい約束。

それがここで紹介する「四つの約束」なのです。

この四つの約束が、今までの古い合意のシステム、古い信念システ
ムを全く変えて、新しい力を作り出すことができるのです。地獄の
夢の中で生きるかわりに、新しい自分のための夢を創り出すことが
できるのです。

ひとつ目の約束。

「正しい言葉を使うこと。」

仏教で言えば「正語」と同じ意味でしょう。

言葉は創造する力です。

ヨハネ福音書には
「初めに言葉あり。言葉は神とともにあり。言葉は神であった。こ
の言葉ははじめに神とともにあった。すべての物は彼を通して創ら
れた。創られたもので彼によらずに創られたものはなかった。彼の
うちには命があり、命は人の光であった」

という言葉があるように、言葉を通じて、創造的なちからが作り出
され、言葉を通じて、すべてが顕現するのです。

言葉とは力であり、それは表現し、コミュニケートし、考えるため
の力であり、したがって、それを通じて、自分の人生の出来事を作
り出していくのです。

言葉は諸刃の剣でもあります。片方の刃は、間違った言葉を使う
ことであり、それは地獄を作り出し、もう片方の刃は、正しい言葉
を使うことであり、それは美、愛、そして地上の天国を作り出します。
使い方しだいで自分を自由にもし、奴隷にもします。言葉は魔術で
あり、正しい言葉は白魔術になり、間違った言葉を使うことは黒魔
術にもなります。

自分にどのような言葉を使っているかということに気づくことが大
切です。

自分に対する否定的な言葉、「自分は太っている、醜い、年とった、
髪の毛が薄くなった、自分は馬鹿だ、ダメだ、わからない、完全で
はない・・・」 それは自分を背く言葉でもあり、自分に黒魔術をかけ
てしまう言葉です。

最初の約束、「正しい言葉を使うこと」をよく理解することで、あらゆる
変化が人生で起きてくることが分かるだろう。とミゲルは言います。

第二の約束。

「何ごとも個人的に受け取らないこと。」

「たとえ、誰かがあなたに「馬鹿」と言っても、それはあなたについて
の発言ではなく、自分についていっているだけである。
もし、それをあなたが自分のこととして受け取るとすると、たぶん、
あなたは、自分のことを本当に馬鹿だと思っているのである。

それを自分のこととして受け取るのは、それに自分が合意したから
である。合意した瞬間、毒はあなたに回る。そして、そしてあなたは地獄の
夢につかまることになる。」

それに加えて、何でも自分のこととして受け取るのは、究極的な利
己主義である、とミゲルはいいます。自分が世界の中心だと思って
いるから、何でも自分のことだと思いたがるのである、と。

「他の人がどうであろうと、それはあなたのせいではない。それは、
他の人たち自身のせいである。全ての人は、それぞれの夢の中に、
その心の中に生きている。私たち一人ひとりの住む世界は、全く違
うのである。

自分が誰かを知っていれば、他の人の言葉に影響されることはない。

どんなことも自分のこととして受け取ってはいけない。というのも、
自分のこととして受け取ると、あなたは何でもないことに苦しむよ
うに、自分を仕向けてしまうからである。

他の人を、個人的に受け取らず、ありのままの姿で見れば、彼らの
言ったりしたりすることに傷つくことはない。

あなたは、責任ある選択をするためには、自分だけを信じていれば
よい。あなたは他の人の行動に責任はない。あなたは自分だけに責
任があるのだ。」

これは、クリシュナムルティやOSHOが瞑想についていうところの、
「ただ気づいていること」。自分に対する判断を一切しないで、ただ、
自分の内面、外面で起こっていることに気づいている、という教えと
もつながります。

第三の約束。

「思い込みをしないこと。」

これは禅で言えば「莫妄想」。妄想することなかれ、ということで
す。

思い込みをすることが問題なのは、私たちがそれを真実と信じるか
らです。

あらゆる苦しみやメロドラマは、あなたが人生で思い込みをしたり、
個人的にものごとを受け取ることから来ています。

他の人がやったり、言ったりすることに思い込みをして、それを個
人的に受け取って、他の人を責め、自分たちの言葉に感情的な毒を
盛り込んで、問題を作り出してしまいます。

思い込みをする。誤解をする、個人的に受け取る、というようなこ
とを積み重ねて、私たちは何でもないことから大騒ぎのドラマを作
り出していることが多くあります。

それらの臣込みに気づくことが大切です。

第四の約束。

「つねにベストを尽くすこと。」

やり過ぎることはベストを尽くすことではありません。

「つねにベストを尽くしていれば、あなたは行動する。ベストを尽
くすということは、行動することであり、それはその行動を愛して
いるからであって、報償を求めているからではない。

自分のやることが好きであり、ベストを尽くしていれば、人生は楽
しくなる。行動することを楽しみ、退屈せず、不満を感じない。そ
こに後悔はない。

ベストを尽くしていれば、あなたは自分自身を受け入れはじめる。
しかし、あなたは、いつも自分の間違いに対して、気づき、そこか
ら学ばなければならない。間違いから学ぶということは、それを実
践し、結果から学び、さらに実践を続けるということである。それ
があなたの気づきの力を高める。

ベストを尽くすとき、あなたは仕事をしているとは感じない。何を
しようと楽しめるからである。自分がベストを尽くしているとなぜ
分かるかと言えば、そうしているときには、自分がしていることを
楽しみ、そこに否定的な反応が感じられないからである。

ベストを尽くすのは、ベストを尽くすことがあなたをとても幸福に
するからである。ベストを尽くしこと自体が楽しいとき、あなたは、
その行動を楽しんでいる。行動することは、十分に人生を生きるこ
とである。

神とは生命である。神とは、行動している生命である。「神よ、あ
なたを愛しています」という一番のいい方は、ベストを尽くし、あ
なたの人生を生きることである。」

最初の三つの約束は、あなたがベストを尽くしたときにのみ、うま
く働く、とミゲルはいいます。

「四つの約束は、変容の技術を熟練する道をまとめたものである。そ
れはトルテックの道である。あなたは地獄を天国に変える。この地
球の夢が、あなたの個人的な天国の夢に変容する。変容のための知
識はそこにある。それは、あなたに使われるのを待っている。あな
たは、ただ四つの約束を実践し、そこに秘められた意味と力を尊重
すればよいのである。」

以上、トルテックの自由の道に至る、『四つの約束』を簡単にまと
めてみました。

興味のある方は、ぜひ『四つの約束』を読んでみてください。
http://amazon.co.jp/o/ASIN/4795223718/oshoartunity-22/ref=nosim

この本を読んでしまうと、あなたは自分が不幸だとはいえなくなるでしょう。

それはあなたが選んでいる夢なのですから。

そして、幸福の夢を作り出すのも自分しだいだということもわかる
でしょう。

それは「四つの約束」を実践することにベストを尽くすことによって可能です。

この古代の智恵が、オーラソーマの学び、自らの光を見いだすことに
役立ちますように。

ちなみに、このドン・ミゲル・ルイスさんの動画はここで見れます。
http://bit.ly/r8wxyk

彼の息子であり、後継者でもある、ドン・ホセ・ミゲルさんの動画も見れます。

(2)
 
コメント

この本の副題は「風水整理術入門」というように、単なる整理術ではなく、エネルギークリーニングの観点から見た整理術です。

オーラソーマは人間のエネルギーのバランスを取り、活性化するのに対して、カレン氏はこの本で、風水の教えに基づいて、建物やスペースの目に見えないエネルギーを整え、バランスと調和をとることと、その方法を教えています。

ガラクタを捨てるというのは、彼女のスペースクリアリングが効果を発揮するための準備であり、かつガラクタを捨てることだけでもスペースクリアリング、ひいてはその人のエネルギーの流れを良くし、人生に情熱、喜び、楽しみをもたらすことができると説いています。

なぜなら、ガラクタはその人の滞ったエネルギーを表し、それを整理することで、自然とその人のエネルギーのバランスを回復し、整えることになるからです。

それでは、彼女の本に沿って、内容を簡単に紹介してみます。

風水とは、環境の中にある自然のエネルギーをバランスよく調和させ、日々の生活に良い影響をもたらすためのものです。

カレンの風水のやり方が、他の風水ととは異なるのは、彼女は直接その建物や場のエネルギーそのものを見て、聞いて、嗅ぎわけ、味わうことができる能力を見につけていることです。

彼女が最初にやることは、建物の中を歩き回って手でエネルギーを読み取ることだと言います。

これはちょうどユニティインスティチュートの「サトルボディヒーリング」が人間のエネルギーで教えているのと同じような方法であり、サトルボディヒーリングは人間のエネルギーを読み取るのに対して、カレンは建物やスペースのエネルギーを読み取るわけです。

しかし彼女も意識してチューニングすれば、近くに立っている人のオーラ(身体から発しているエネルギーフィールド)から匂いをかぎ取ることができるのだそうです。

彼女によると、過去にそこで起きた出来事は、微量の電磁気で壁や家具に記憶され、それを読み取って解釈することができるのだそうです。そしてそれらのエネルギーがそこに住む住人に影響を与えます。

そこで、それらのエネルギーの流れが滞っている場所を見つけて、改善する方法を指導したり、浄化したりするわけです。それを彼女は「スペースクリアリング」として開発し、彼女はそのパイオニアであり、そのやり方を人に教えて、育てています。

その彼女によると「ガラクタ」とはエネルギーの詰まった状態であり、エネルギーが滞ったときに溜まりはじめ、同時にいらないものが集まるとエネルギーが滞ります。

そしてどんどん溜まっていくにつれてエネルギーがそこに滞り、その人の人生に影響を及ぼすことになるといいます。

そこで、「ガラクタ」に対する一つの対処は、自分を成長させる努力をしながら、もうこれ以上不要なものに囲まれているのは我慢がならないという気分に待つことです。

しかしそれでは時間がかかるので、著者が勧めている方法は、身の回りの整理整頓をすることによって、人生の整理整頓をするということです。

その結果、人生に新たなエネルギーが入り込んでくるという効果は絶大なものがある、ということです。そしてそうすることは、自分自身の成長のために、とても現実的で、実際的なことです。

ガラクタとは、カレン氏の定義によると次の四つのカテゴリーに分けられます。

1)あなたが使わないもの、好きでないもの
2)整理されていない、乱雑なもの
3)狭いスペースに無理に押し込まれたもの
4)未完成のもの、全て

例えば、1)についていうと、その人とその人の所有物はエネルギーの細い糸で結ばれている、とカレンはいいます。ですから、家の中が好きなもの、よく利用されているもので満ちていると、その人の人生にも力強いサポートと養分を与えてくれます。逆に、「ガラクタ」はその人のエネルギーレベルを落とし、長くため込むと影響が大きくなっていきます。人生にあまり意味のないもの、重要でないものを処分することで、体も心も、そして魂も軽くなっていきます。

2)については、「あなたの家はあなたの内面をそのまま現したものですから、部屋がごちゃごちゃしているのは、あなたの精神もゴチャゴチャしているということ。外側をきれいに整理することで、あなたの内面もきちんと整理されていくのです」。

耳の痛い言葉です。

この本が他の整理本とは異なる深みを与えているのは、「人はなぜガラクタを溜めるのか」という心理的な理由と考察にまで及んでいるところです。

あなたがなぜ過去に「ガラクタ」をため込んできたのかを理解して、クリアリングをし、将来溜め来ないようにしないかぎり、そのパターンは潜在意識深くに埋め込まれ、あなたが意識をするまで人生を支配するでしょう、とカレンは言います。

ものが捨てられないのは、そのものに執着があるからです。

「自己存在価値という執着心」というテーマで彼女は以下のように述べています。

「ものに執着するもうひとつの理由は、あなた自身の存在価値がそれとかかわっていると感じているからです。十年前に見に行ったコンサートのチケットの端切れを見て「そうだ、見に行ったんだ」と反芻する。友人がくれた装飾品を見て、「これをくれるほど私のことを気にかけてくれている友人がいる」と感じるというふうに。これらのものにかこまれていることによって、自分の存在価値をより確かなものに感じているのでしょう。
。。。。

このような品々を処分するのには、独特の難しさがついてまわります。あなたがその品物に自分を強烈に投影しているため、それを捨てると自分の一部も捨てるような気持ちになり、友人からのプレゼントだとその人の親切心を捨てているような気分になるのです」

この本は様々な洞察に満ちた言葉が随所に見られます。

「物質的なものは全て、単なるエネルギーの一時的な形でしかありません。あなたは家を所有していて、銀行には貯金がたくさんあると思っているかもしれませんが、実際にはあなた自身の体ですら自分のものではありません。体はこの地球から一時的に借りているもので、用が済んだら自動的にリサイクルされ、あなたなしで違うフォームを与えられるのです。あなたは魂そのものです。崇高で永遠なる、破壊されることのない魂。でも肉体は一時的なもの。単なる「借りもの」というのが、一番正しいでしょう。」

この言葉をもって、この本の紹介を終えたいと思います。

ぜひ読んでみてください。
(1)
 
コメント

オーラソーマで「ニューアース」(エックハルト・トール著)を読
み解く。
http://amazon.co.jp/o/ASIN/4763198726/oshoartunity-22/ref=nosim

「意識の鍵」であるオーラソーマを読み解くヒントとして、シリー
ズでお送りしています。

このシリーズは、オーラソーマで「ニューアース」を読み解くのみ
ならず、「ニューアース」でオーラソーマを読み解く、とも言える
かもしれませんが、「意識の鍵」をつかむヒントとしていただけれ
ばと思います。

今回は、第6章『「いまに在る」という意識が私たちを解放する』
というテーマです。
(オーラソーマ総合情報サイト ブログの「読書案内」のカテゴリ
ーで、過去の記事を読むことができます。
http://ameblo.jp/aurasoma-unity/theme-10017723052.html

前回は「ペインボディが不幸の源であるということ」についてでし
た。
http://ameblo.jp/aurasoma-unity/entry-11025818124.html

ペインボディというのは、エックハルトの定義によると、古い感情
的な苦痛が集積したエネルギー場のことをいいます。

そのペインボディは、引き寄せの法則にしたがって、同種のエネル
ギー、いわば同じ周波数で振動しているエネルギー、つまり感情的
につらい体験や苦痛を糧として存在し続けます。

不幸というのは、これらのネガティブな感情をひっくるめた総称で
もあるので、ペインボディがある限り、人はその不幸を引き寄せて
いるともいえます。

では、幸福になるにはどうすればよいのでしょうか?

それは、不幸の源であるペインボディから解放されればいいわけな
のですが、その方法がこの章のテーマとなります。

この章のはじめに、その方法のすべてが凝縮して書かれてあります。

このことを理解して実践できれば、ペインボディから解放されるの
です。

「ペインボディからの解放は、まず自分がペインボディを「持って
いる」と認識することから始まる。それからもっと重要なのは、し
っかりと「いまに在る」能力と観察力だ」

この言葉が理解できれば、この章についてのすべてが理解できたこ
とになります。

ペインボディからは解放されることの第一歩は、まず、自分がペイ
ンボディを持っているということに気づくこと。

もし今、自分が幸せだと感じていない、とすれば、あなたのどこか
にペインボディがある、というふうに考えても間違いではないでし
ょう。

気づくというにはいくつかの段階がありますが、ひとつはそれがペ
インボディだと「認識」すること。

つまり、それはペインボディであって、本当の自分ではない、とい
うことの区別を知るということです。

ペインボディに自分を同一化させて、ペインボディが自分だと思っ
ている限りは、ペインボディを認識することはできません。
ペインボディはあなたの闇の側面なのです。

闇、ないし無意識になってしまっているので、見えなくなってしま
っているのです。

そして、無意識のうちにその人をコントロールしてしまっているの
がペインボディなのです。

とはいえ、そのペインボディは「闇」なのですから、そのペインボ
ディに本当に気づきの光をもたらすことができれば消えてしまいま
す。

なぜなら、それには実体がなく、闇でしかないからです。
光があるところ、闇は存在し得ないのです。

しかし、通常はなかなかそこまで気づきません。つまり、意識の光
が闇を一瞬に消し去るまでには強くありません。

そこで、エックハルトは言っています。
「ペインボディへの同一化を断ち切るのは「いまに在る」という意
識だ」と。

あなたがペインボディと同一化することがなくなれば、ペインボデ
ィはあなたの思考を支配できず、思考はネガティブな感情に曇らさ
れることもなくなります。

すると、「ペインボディに閉じ込められていたエネルギーの周波数
が変化し、「いまに在る」意識へと形を変える。するとペインボデ
ィは意識の糧となる」とエックハルトは言っています。

「ペインボディが意識の糧となる」というのは面白いですよね。

つまり、ペインボディが強くなると、その人はその苦しみから目覚
めようとするためにペインボディは意識の光のエネルギーとなり、
気づきの光へと変容する、とエックハルトはいっています。

このプロセスは、まさにラハシャの「ハートからのカウンセリング」
http://amazon.co.jp/o/ASIN/4900612324/oshoartunity-22/ref=nosim
のコースに参加された方はわかると思いますが、そこで体験するプ
ロセスと一致しています。

ただ、ラハシャのコースでは、もっとやさしく、愛に満ちて、ハー
トのスペースの中でペインボディに気づくことによって、それらは
解消し、気づきのスペースが広がっていきます。

エックハルトは「いまに在る」というテーマで、非常に興味深い事
例を紹介しています。

少し引用が長くなりますが、「いまに在る」ということがどういう
ことかが具体的に説明されています。かつまた、これを読めば、エ
ックハルトから個人セッションを受けているようなものなので、と
ても参考になります。

そのあと、このような事例に対して、オーラソーマがどのように有
効に使っていけるのかということの事例にもなりますので、少しお
つきあいください。

それは30代の女性が彼に会いに来たときの話です。

「彼女は子供時代に暴力的な父親に虐待されていた。
私はすぐに、彼女の苦痛が現在の生活環境から生じているのではな
く、驚くほど重苦しいペインボディのせいだと気づいた。
彼女はそのペインボディというフィルターを通して人生を見ていた。
だが、感情的な苦痛と思考とのつながりも、その苦痛と思考に完全
に自分を同一化していることもわかっていなかった。
自分の思考でペインボディを養っていることを知らなかった。
言い換えれば彼女はひどく不幸な自分という重荷を背負って生きて
いた」

そこでエックハルトは彼女に勧めます。

「身体の中で何を感じているかを見つめてご覧なさい。
不幸な思考、不幸な人生というフィルターを通さずに、直接に思い
を感じてごらんなさい」と。

すると彼女は言い返します。

「自分は不幸から脱出する方法を教えてもらいに来たので、不幸に
沈没するために来たのじゃない」と。

とはいえ、せっかくの彼の勧めなので、とにかくやってみると答え
て彼女は感じてみます。
すると、彼女は「やがて涙があふれて、身体が震えだした」のです。

そこでエックハルトは言いました。

「それが、あなたのいまの思いです。
その事実はどうすることもできません。
こんなのは嫌だ、そうじゃない状態になりたい、と考えるのはやめ
て(そんなことを考えても、すでにある苦しみにさらに苦しみが重
なるだけですからね)、いまの思いを完全に受け入れることができ
ますか?」と。

すると、その女性は帰ろうとするそぶりを見せて、荒々しく言いま
した。「いいえ、受け入れることなんかできません!」

そこでエックハルトは問いかけます。

「そう言っているのは誰ですか?
あなたですか、それともあなたのなかの不幸でしょうか?
不幸な自分を思って不幸になる。
それがまた不幸を積み重ねているのがわかりますか?」

「何かをしなさい、と言っているのではないんですよ。
ただ、現にある思いを認めることはできますか、と言っているだけ
なのです。
あなたが自分の不幸を気にしなくなったら、その不幸はどうなるの
でしょうね? やってみてはどうですか?」

すると、しばらくの沈黙の後、彼女のエネルギー場が突然変化し、
彼女は言いました。

「おかしいですね。
私はいまも不幸ですが、でもその不幸のまわりにスペースができた
みたいです。前ほど重大には思えなくなりました」

そこで何が起こったのでしょう?
それは彼女がペインボディ(自分のなかに生きている古い苦痛の感
情)に同一化するのをやめたとき、それに抵抗せずにただ見つめた
とき、ペインボディは彼女の思考の支配者ではなくなり、「いまに
在る」という側面が現れたのでした。

そこでエックハルトは書いています。

「不幸な物語がなければ不幸ではいられないから、これで彼女の不
幸は終わった。それは彼女のペインボディの終わりの始まりでもあ
った。感情そのものは不幸ではない。感情に不幸の物語がくっつい
たときにだけ、不幸になる」

これはラハシャのハートからのカウンセリングで引用されるOSHOの
言葉に似ています。

「どんな事実も心理的な痛みをつくりだすことはない。
あなたに痛みをもたらすのはあなたの解釈なのだ。
痛みはあなたが創りだしたものだ。
なぜなら痛みはあなたの解釈によるものだからだ・・・」
OSHO・・・Unio Mystica Vol.1 #3

ある事実から心理的な痛みを作りだし不幸にしているのは、あなた
の解釈が作り出した物語なのです。

不幸と同一化しているかぎりは決してこのことは理解されませんが、
深く見ていけばだんだんわかってきます。

エックハルトは彼女とのセッションを振り返ってこのように言って
います。

「セッションが終わったとき、私はある人物の「いまに在る」意識
の目覚めを見届けたと満足だった。
私たちが人として生まれたのは意識のこの側面を世界にもたらすた
めだ。それにペインボディと戦わず、意識の明かりで照らすことで、
ペインボディが縮むのを見ることもできた」と。

では、これらのプロセスをオーラソーマの観点で見れば、どのよう
になるでしょうか?

ペインボディというのは、エネルギー的な観点から見ると、感情体
のエネルギーのブロックないし、エネルギーにアンバランスがもた
らされることによって生じます。

オーラソーマでは感情的なショックがあったときには、左脇腹にエ
ーテルギャップが生じて、そこからエネルギーがずれてしまうとい
うふうに見ています。

ユニティインスティチュートでは、それを「凍った時間」と言いま
す。ある感情的な傷ないし、トラウマがそのとき以来、凍り付いて
しまっているのです。

エックハルトも「人間は誰でも心の状態に対応したエネルギー場を
放射している」というふうに考え、「ペインボディには閉じ込めら
れているエネルギーの周波数がある」というふうに言っています。

つまり、人間のこの身体、感情、思考はエネルギーでできているの
です。

オーラソーマが「生きているエネルギー」なのは、この生きた人間
のエネルギーに対応するためにも生きたエネルギーであることが必
要だからです。

そして、オーラソーマカラーシステムのそれぞれのプロダクトの色
は、それぞれの自然の正常な波長と波動を持っています。

チャクラセットは、それぞれのチャクラのエネルギーのバランスを
取るようにできていますし、それぞれの人が選ぶ色は「あなたはあ
なたが選んだ色であり、それはあなたという存在の必要性を反映し
ています」というふうに、その人の選ぶ色がその人のエネルギーの
バランスを回復してくれる色のエネルギーでもあるのです。

さて、それではペインボディに有効なプロダクトは何色がよいので
しょうか。

ペインボディは感情のエネルギーですから第2チャクラ、第2身体
に属し、オレンジと関連しています。

正論を言えば、エックハルトが言うように、「いまに在る」ことが
できれば、そして「意識の光」、つまり気づきがあれば、ペインボ
ディは縮み、ペインボディから解放されていきます。
わざわざオーラソーマを使う必要はありません。

しかし、それだけの気づきをもたらすには、それだけ瞑想をしてい
る人によって可能なことでもあります。

瞑想は、オーラソーマにとって基礎になっていますし、オーラソー
マが「意識の鍵」という意味も、オーラソーマがそのような意識の
光、気づきをもたらすシステムだということに基づきますが、まだ
それだけ瞑想の力が強くなくても、プロダクトの作用が瞑想と同じ
効果をもたらしてくれるところがあります。

オーラソーマカラーケアシステムの素晴らしいところは、それらの
プロセスをサポートするプロダクトであるというところです。

つまり、エックハルトが言うところのペインボディから解放される
だけの「いまに在る」という強い気づきが、今の時点ではなくても、
オーラソーマとワークしているうちに、「いまに在る」という意識
が成長していくとともに、エネルギー的にもペインボディが解消さ
れるようにできているのです。

オーラソーマは身体に塗って使います。
あるいはポマンダーやクイントエッセンスのように、オーラの身体
につけて使うのですが、それらをつけて意識的に感じることは、ま
さに「いまに在る」ことの訓練にもなります。
なぜなら、この身体は「いまここ」にしかないからです。

そして、それらのプロダクトを使うことで、エネルギーが動きます。

滞っていたエネルギー、バランスを崩していたエネルギー、凍って
いた時間が解凍され、エネルギーが流れるようになっていきます。

それらの流れだしたエネルギーを感じ、それとともにいることで、
それまで感じられなかった感情の動きを感じたり、潜在意識に隠れ
ていた感情が表面に表れたり、というようなことが起こります。

今まで感じなかったエネルギーや感情を感じることで、一時的に困
惑することがありますが、しかし、それらはエネルギーが解放され
ていくプロセスなのです。

「ペインボディを認識する」ということが、そのペインボディから
解放される第一歩だとエックハルトは述べていますが、オーラソー
マを使っているうちに自然とその気づきが起こっていくようなこと
が起こります。
http://ameblo.jp/artbeing/entry-11100227428.html

では、オーラソーマでペインボディに有効な色ないしプロダクトは
どれでしょうか?

オーラソーマでペインボディに対処するには、人それぞれの意識の
光、色を使って対処していくことが可能です。

その人に一番合った色のプロダクトは、その人が自分で選んだボト
ル、自分が惹かれる色を使ってワークすることが基本です。

しかし、一般的なこと言えば、ペインボディにはオレンジの光が有
効ですし、それをあるがままに受け入れることを助けるピンクや、
ハートのスペースをもたらすグリーン、「裁くなかれ」というレデ
ィポルシャなど、さまざまなサポートを得ることができます。

同じペインボディに対処するにあたっても、自分のお気に入りの色
や香りを身の回りに置きながら、自然と楽しみつつ、それらが解放
されていくとすれば、もっと豊かでおしゃれな人生を楽しめますね。

このようにして「ニューアース」、あたらしい人間の進化の可能性
にオーラソーマは貢献しているといえるのかもしれませんね。

                           尚 記

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